
ここでは松江市交通局の路線バスの中でツーステップ仕様車を紹介します。ツーステップバスは平成6年まで投入されていまして、そのほとんどが9m級大型車(エンジンは中型車用のもの)となっています。これからご覧頂くとわかりますが、この一族は全て三菱車で統一されています。
※ 画像下のコメントが青字のものは平成8年8月に、黒字のものは平成12年5月に撮影したものです。
(松江市交通局 921号車(昭和57年車) 三菱K−MP118K+呉羽 古志原車庫(許可を得て撮影))
(松江市交通局 921号車(昭和57年車) 三菱K−MP118K+呉羽 古志原車庫(許可を得て撮影) 撮影:森茂樹氏)
松江市営バス随一の古参車921号車です。トップページの画像を撮影した時点(平成8年8月)では935・936号車とあわせて3台在籍していましたが、現在(平成12年5月)はこの921号車だけになってしまいました。このバスには個人的に思い入れがあって、小学生だった頃に祖母の家に遊びに行ったときに、この色のバスが来ると涼しい冷房車とわかって喜んだものです。このバスが新車だった頃は在籍車両は大型車ばかりで、塩見縄手・北殿町から石橋町までの恐ろしく狭い道を入っていく様は妙にワクワクしたものです。一畑バスは既に石橋町から県民会館前の間は北田町経由になっていたので、子供心に「市営バスの運転手さんはみんな運転が上手いんだなぁ〜」と感心していました。(もっとも、一畑バスも島根半島の美保関町片江付近ではとんでもない道を走っているんですけどね・・・)
この921号車ですが、これまで松江市営の標準だった中扉引戸仕様を2枚折戸に改められ、以後の標準的な仕様となっています。また、前面窓は扉側だけ視野拡大タイプになっているのが特徴と言えます。側面方向幕は二段窓の半分を占めるタイプで、現在の標準仕様(側面窓全部を占める大きさ)から外れるために行先番号に対応した青地白抜き文字ではなくて白地黒文字の旧タイプのままになっています。
現在の921号車は輸送力を買われて専ら松江女子高校へのスクール輸送に携わっているそうで、昼間は車庫で休んでいます。実は、今回も車庫で撮りにくい位置に停まっていたんですが、前日ちょっとだけお話した運転手さんが南循環線の時間調整で車庫の戻られて、「何なら出そうか?」とわざわざ921号車を撮りやすい位置に移動していただきました。思い入れのある車だけに本当に嬉しかったです。この場をお借りしてお礼申し上げます。
松江市はNoX規制がないので車検が受けられなくなることはありませんが、外装に錆が各部に出てくるなど痛みが激しい様子もあり、あとどれだけ現役でいられるのか微妙なところです。今後も引き続きノンステップバスを導入する話もあることから、次に新車が入った段階で引退かも知れません。
(松江市交通局 1060号車(昭和61年車) 三菱P−MM116H+新呉羽 松江市朝日町付近 撮影:森茂樹氏)
(松江市交通局 1115号車(昭和61年車) 三菱P−MM116H+新呉羽 松江駅前)
(松江市交通局 1208号車(昭和63年車) 三菱P−MM117J+新呉羽 松江市朝日町付近 撮影:森茂樹氏)
(松江市交通局 1334車(平成2年車) 三菱P−MM117J+新呉羽 松江市朝日町付近)
(松江市交通局 1574号車(平成5年車) 三菱U−MM117J+新呉羽 古志原車庫(許可を得て撮影))
(松江市交通局 1638号車(平成5年車) 三菱U−MM218M+MBM 松江市朝日町付近 撮影:森茂樹氏)
全国的に見て投入数が少ない9m級大型車(エンジンは中型車用)ですが、松江市営バスでは数多く見ることが出来ます。車体も1060・1115号車のような中型用車体ベースのもの・1208・1334・1574号車のような先代エアロスターKタイプのもの・1638号車のような先代エアロスターMタイプ(新呉羽から三菱自動車バス製造へ社名変更・三菱名古屋製車体と形状共通化以後)の3タイプが存在するなどバリエーションが豊富です。
エアロスターKタイプの途中まではサブエンジン式エアコンが装備されています。また、この一族の最古参タイプでは側面方向幕が小さい仕様のために、白地黒文字で方向番号の入らない旧タイプのままになっています。(側面窓もブロンズサッシになっていません。)平成5年車から側面窓の銀サッシ化・中扉のガラス大型化(三菱MPが投入された平成3年車から変更らしい)が行われる等若干の仕様変更が行われています。
(松江市交通局 1470号車(平成3年車) 三菱U−MP618M+新呉羽 松江駅前 撮影:森茂樹氏)
921号車以外では唯一のツーステップ大型車となる1470号車です。しかもノンステップバス以外では唯一のエアサス車となかなか奮っています。側面の「牡丹号」とボタンの花の絵は松江市の東にある八束町の名物にちなんだもので、専ら八束町方面の便に充てられていますが、収容力を買われてスクール輸送でも活躍しています。中扉のガラスが再び下まで大きくなったのは1470号車からのようです。